ビンセント・ギャロ、あんた一体何者?
この主演のビンセント・ギャロという人は、監督・脚本以外に、歌も作って自分で歌ってるということで、ほとんど自分一人で作ったような作品なことにびっくりした。
で、彼はこの作品にいったい何を込めたかったのだろうか?
教育のない人間達のおろかな様をクールに見せたかったのか?それとも単にエンターテインメント?
とにかく作品の動機がよくわからないのだけれど、作品自体はかなり面白い。無表情なくせに極めて感情の起伏が激しく、誰からも干渉されることを極端に嫌うくせに、なぜか両親にはいい息子であることを見せようとする、かなり特異なキャラの持ち主。
そんでもって、こんなイッちゃってる男に誘拐まがいに連れ去られた女は逃げ出すどころか、すっかり好きになってしまうのがおかしい。ほっぺがプリンとしてかわいいロリータ系のクリスチーナ・リッチは、実はかなりの演技派だったりする。
そして大女優のアンジェリカ・ヒューストン演じる母はアメフト狂で、息子の前で、「この子を産んでなければ30年前の唯一の優勝シーンがみれたのに!」と叫ぶ。いったいこの家族は何?
とにかくビンセント・ギャロ。あんたいったい何者?
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愛をくれる人を大切にしよう
「求めて得られる愛より、求めないで得られる愛の方が素晴らしい」 シェイクスピアの言葉ですが、この作品からも同じような事が感じとれます。 自分が愛してる人を大切にする事は自然な流れですが、自分を愛してくれる人が居たならそれ以上にその人を大切にしたい、そんな大切な事に気付かせてくれる作品です。
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要所要所でキラキラ光る
ヴィンセント・ギャロということで期待したが、期待以上の映画だった。
トイレを探しながら拉致しちゃう導入の部分、コラージュされる思い出、
両親に会った時のレイラの芝居、その時の座席とカメラの位置関係等、
要所要所でキラキラ光るものを感じる。
一点減点なのは、「初めて天使に会った」なんて最後に言っちゃうところ。
そんなこと言わずに、タイトル同様スカしながら疾走すれば良かったのに。
奥田瑛二が「少女」を初監督した時、欧州映画のように撮りたかったと言った。
この作品もそんな感じがして、セルジュ・ゲンスブールの「ガラスの墓標」を
彷彿させるものがあった。
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V・ギャロよりも、敢えてC・リッチのファニーさを!
ヴィンセント・ギャロの、身を削ぎ落とされるようなひりひりした“恋愛”映画、待望の再販廉価化だ。
ムショ帰りで、孤独と寂しさに苛まれ荒んだ心、神経症的で情緒不安定、鬱屈した感情をキレかかってでしか表現できず、肉親や女性からの愛情を渇望しながらも一向に報われないダメ男。このどうにもみっともなくて情けない主人公を、繊細でピュアな一面も描きながら観る者に共感を抱かせる人物として自ら演出、演じきったギャロ。脚本、音楽も手掛け、過分にナルシスティックな部分も見えるが、傑作である事には間違いない。
そして、映画をより感動的なモノにしたのが、まるで天から降臨してきたかのようなクリスティーナ・リッチの存在感。半ば誘拐、恫喝されながらも、彼の両親の前で事もなげに幸せな婚約者を演じ切る強靭さと慈母の如く振舞う包容力、そして少女のような可憐さと、最新作「ペネロピ」でもフェアリーテールぶりを見せていた彼女の、ファニーで類稀な表現力を存分に味わえる。
あのなんとも切ないスピード写真機の中での、そしてもどかしくも愛しいモーテルでの、フィルムのフレームに収まったふたりの仕種、表情の痛切さと優しさを確認すべく、何度も観たくなる映画だ。
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ラストが良かった
初めは破滅的なラストを迎えるだろうと予測していたが裏切られた。
妙に後味は、さわやかな映画です。このラストは良いです。
結果的には、さわやかな青春映画になった。
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